アリラン-金剛山
1997 · 194×259 cm · キャンバスに韓紙・アクリル
この作品とあわせて見たい資料
- テキスト 評論 1995-02-21 · パク・ウンスン(美術史家)
〈申璋湜の金剛山図〉 — パク・ウンスン評論 (1995)
申璋湜は真摯に模索する画家である。彼は美術の仕事の意味を、人並み外れた表現技法を、この時代の我々の生の条件と自己同一性の問題を絶え間なく追求し、解答を求めようとする。これまで彼が素朴な野の花や青紗提灯、大鼓や光化門など、歴史のなかで形成され、今なお存在する対象を取り上げたのは、単に素材主義的な傾向に便乗したものでも、表皮的な伝統の煎じ出しでもなかった。彼はこうした素材を表現するとき、我々の歴史と生活、芸術のなかで長い実験を経て体質化された造形性と感受性をともに表現しようとした。そしてまた、我々の文化と生の新たな価値を見出すために、芸術表現の意味と役割、現代人の美感に訴えうる美学と様式を追求したのである。
今回の展示会で申璋湜は金剛山を描く。我が民族の長い歴史と宗教、文化が宿った金剛山が、雪岳山や漢拏山と異なるのは、それが休戦ライン以北にあって行くことのできない山であるからであり、一方では、高麗時代以降近代まで千年余りの歳月の間、多様な信仰と思想、文学と美術作品を生ましめた霊感の源泉であったからである。金剛山は、ときにはこの山を一度見れば死して悪道に堕ちないという仏教の聖地として、ときには仁徳と知恵ある者の性情を養おうとする儒学者たちの理想の絶景として、またときには生涯に一度も金剛山に行けなければ人の数に入らないという羨望の神仙境として捉えられた。そして今、分断の時代を生きる我々にとって金剛山は、民族統一と新たな未来のビジョンを象徴する表象として位置づけられ、また別の意味を持つことになった。しかしいつの頃からか、金剛山に行けなくなった若い芸術家たちは、もはや金剛山を描いたり表現したりしなくなり、それはすなわち、長い文化と伝統の断絶を、我が民族の屈曲した歴史を赤裸々に代弁するものである。
全民族の心に深く刻まれた霊山である金剛山、しかし一度も訪れたことのない金剛山を描く理由と意味とは何だろうか。さらに、金剛山が単なる風景として扱われえない対象となった今、金剛山を発見し、芸術表現の対象とすることは、決して偶然に、軽々しくできることではない。そのためには、我々の歴史と文化への根深い愛着と省察、現実的な生の条件への峻烈な反省と、未来への明確なビジョンが必要であり、芸術の本質と役割への真摯な模索が求められ、また当然ながら、そうした条件を芸術的表現へと昇華させうる卓越した感性と表現力量が必要なのである。
申璋湜は長い期間、我々の文化と芸術を反芻しながら制作してくる過程で、ついに金剛山を発見することになった。彼は金剛山を描くために、日帝時代に撮られた金剛山の写真帖と、最近撮影された金剛山のビデオフィルムを合成して、金剛山の地質と形勢を研究した。また、鄭敾をはじめ朝鮮時代に描かれた数々の大家の金剛山図を見ながら、表現の特徴と技法を研究したりもした。彼は特に外金剛の万物草を中心に、天へと噴き上がるような骨山の力強い形態と、気が噴出する特徴を浮き彫りにし、ときには画家自身も訪れたことのない、いまやほとんど伝説的な存在となってしまった金剛山の霊験と神秘さを浮き彫りにした。青色と濃いコバルト色を主調として描いた重々しく堅固な姿の金剛山は、一方では大地に固く根を下ろし、いかなる風霜にも揺るがぬように強靭なようでもあり、また一方では、天へ向かって聳え立つ旺盛な形勢と活力を持っている。こうした場面が、あたかも我が民族の力強い気概と強靭な生命力を叙事的に表象したものだとすれば、これよりも柔らかく、まるで揺らめくような平面的な姿の峰に白色をたっぷり用いて神話的な雰囲気を強調した、また別の表現の金剛山図は、心のなかで常に懐かしい、しかし今は訪れることのできない存在である金剛山への郷愁と愛情を、叙情的に表現したものだろう。
申璋湜の金剛山の仕事が、金剛山という素材の性格と特徴だけから来るものであれば、彼の仕事への我々の好奇心は半減してしまうだろう。しかし彼は、作品の内容と形式、技法を巧みに融合させることで、画家の意図と造形性を極大化し、彼の絵画に新たな地平を開いている。彼が選んだ形態と色彩、さまざまな技法は非常に緊密に結合し、独特の表現力を生んでいる。金剛山の雰囲気と意味を象徴するために主調色として用いられた青色と濃いコバルト色、白色は象徴的な雰囲気を強化し、上昇勢を強調するための形態と色彩の巧みな配列、キャンバスの上にあらかじめ塗っておいた楮紙から来る独特の質感と生命力の表現、多様な色のアクリル絵具の撒きで仕上げることによって、まるで昔の水墨画のなかで筆の筆致によって表現された内面的なエネルギーや気が噴出するような感じを与えるものなどがそれである。また、ときに画面全体を覆う、濃い青の横と縦の線からなる四角形の枠を置いたのは、まるで心のなかの窓ガラスを通して夢のなかの金剛山を見るように、あるいは直接踏査して描けなかった実景への自信の欠如を補償するかのように表現した、現在の状況への隠喩であると同時に、より複合的な造形性を見せる方策である。四角形の結び目の上に置かれたボルトとナットは、陰と陽の象徴のようでもあり、金剛山の強靭な地勢と力を支えるようでもあり、あるいは星座への現代的な解釈のようにも感じられる。
このように新たな主題と素材、多様な表現技法を動員しながら、申璋湜はこれまでとは異なる、より規模があり、よりいっそう時事的で、形式と内容、技法が緊密に結合した新たな造形性を見せた。今回の展示会に現れた数々の変貌と執拗な芸術意志に注目しながら、我々は彼に今一度視線を送ることになる。
- 複合 講演 2011-05-25 · 申璋湜
沖縄国際大学 学術大会 発表 —〈金剛山の絵〉(申璋湜) (2011)
金剛は空間としてそこにあるが、私と出会った20年の時間とともにある。 365日、12ヶ月という私の時間とともに、金剛はあった。 そして、その美しさを留めようとした私の絵の中にも、ともにある。 金剛十二景は、この時間と空間の中で生まれた小さな結果である。 私とともにある時間、だからこそ十二景なのだ。
春夏秋冬、そして地球と月の十二度の出会いが金剛の美しさを変えてゆき、 私はそれを留めた絵を描きたかった。 月を基準にその変化の時間をともにした記憶と、 これから金剛と出会う時空の美しさが、私の絵と再び出会うことを願いながら。
[[center]]金剛山の絵
[[right]]申璋湜(国民大学校教授、画家)
1. 金剛山の絵の伝統
金剛山の絵は、高麗のノ・ヨンの仏画〈地蔵菩薩図〉から、謙齋・鄭敾の〈金剛全図〉、金弘道の画帖だけでなく、多くの民画、そして日帝時代に純宗の命を受けて金剛山のスケッチ旅行の後に描いた海岡・金圭鎮の〈金剛山図〉〈叢石亭図〉、小亭・卞寛植先生の〈三仙岩〉など、その数を数えきれぬほど多かった。特に金剛山の絵は、謙齋・鄭敾から、我が山河の美しさを実景として写生し出しながら我々の美学が立てられた、我々の絵画史の聖所なのである。我々のものを探し出し、我々の時代の我々の絵への霊感は、この地で探すべきではないだろうか。
2. 分断と金剛山
ところで分断以後には、南側の作家のうち金剛山を描いた画家がいないので、想像と資料に基づくとしても、金剛山の絵はこの時点で新たに試みられるのがよいのではないかという思いから始めて、93年の個展から98年まで五度の個展を金剛山という主題で発表してきた。実は私は、88年のソウルオリンピック開・閉会式で美術助監督として働いたことが契機となり、これまで我々の情緒を具体化するために民俗的な素材に隠れた造形言語に関心を持ち、青紗提灯、太鼓、銅鑼、旗、景福宮などの素材を「アリラン」というテーマで作品活動をしてきた。その後、我が山河のなかに入っている生動感と生命力を、鶏頭、野草、松、北漢山などを素材として絵で表現していたが、どうせなら我々の山のなかでも我々の絵画の聖所である金剛山を描いてみようと単純に思ったのが、私の金剛山の絵の出発だった。金剛山の絵画的な脈絡だけでなく、その文化政治的な重みに照らしてみれば、冷厳な分断の現実と直面したこの時代の画家が描き出した「金剛山」は、もう一つの統一の物語である。
3. 再び訪れることになった金剛山
いまや幾度も金剛山に出会うと、その生動感と神明が私の絵にも染み込まないだろうか。まだ叢石亭、新金剛など直接見ていない場所も多いが、我が民族の持つ神明と生命力が、いまや金剛山の絵のなかに可能ではないだろうか。将来には、我が民族の分断状況が克服されて、金剛山が民族の象徴として生まれ変わる時が来ないだろうか。その時には心ゆくまで見るだろう。そして、こうした神明と生命力が私の絵に少しでも表現されればという願いである。
4. 観念的な金剛山の絵
1993–1998 — 金剛山に行かずに金剛山の絵を描くので、心残りな点が一つや二つではなかった。しかし、いつか行けるのではないかという希望は、その絵から消すことができなかった。ずっと前に始まったこの仕事は、絵画的価値としての金剛山の絵についての研究を伴うものだった。当時の絵は、観念的な山水だといっても差し支えないほど、実体と形象の間の関連性が希薄だったので、周囲の訝しげな視線を受けた。こうした点を超えようとする努力は、金剛山の古い絵についての研究や写真資料の収集などとして現れたが、現場を体験していない風景画とは、どうしても胸のなかの絵ではなく頭のなかの絵である可能性が高かった。1996年の個展の図録に載せた、煙草をくわえて遠い山を眺める私の白黒写真は、観念山水と真景山水の間の明確な分かれ道に立っている自らの位置を、淡々と見せている。分断状況を見せる休戦ラインの鉄柵の前に立っている一人の画家の姿は、まるで早晩あの鉄柵線を越えて金剛山へ行くことを念願し、あるいは予感したかのような雰囲気を込めている。
5. 写実的な金剛山の絵
私は金剛山を一つの象徴として接近し、その実体に出会った。山を描くが、山をそのまま移し描くいわゆる再現山水の仕事の次元を超えることが、私の最大の課題かもしれない。しかし私は、その枠を抜け出して、金剛山の実体を読み取ることへと進もうとした。金剛山訪問以後の金剛山の絵は、いろいろな面でそれ以前と異なる。まず、観念山水を真景山水へと転換できるようになったという点である。最近の仕事は、直に金剛山を訪ねて写生をし、写真を残してきた結果物をもとに制作した金剛山の真景の仕事なのである。ここでいう「観念から真景への転換」は、「実景と絵の間の合一点」を見出す過程である。金剛山を媒介に、生動する自然と人を語ること、さらには分断状況をはじめとする現実を具体的に盛り込む当代性と現場性の獲得の過程は、私の絵が手放すことのできない人並み外れた可能性である。これは、象徴と実体の合一を通して、生と芸術を貫く真正性を獲得する仕事である。
6. 金剛山の絵の展望
金剛山は私の金剛山であり、我が民族の金剛山である。私はこんな希望を抱いてみる。次には、南の作家だけでなく北の作家たちも参加して、一緒に金剛山で絵を描き、我々の美術を討論し、ソウルと平壌で発表すれば、我々の象徴をいっそう宝のようにするのではないか。民族共通の情緒で出会うことが可能ではないか。人のいない空っぽの山に出会うのではなく、山とそこの人々とともに出会うとき、喜びはいっそう大きいだろう。
![[関連資料] 沖縄国際大学 学術大会 発表 —〈金剛山の絵〉(申璋湜) (2011)](/archive/ar-2011-002/00.jpg)
![[関連資料] 沖縄国際大学 学術大会 発表 —〈金剛山の絵〉(申璋湜) (2011)](/archive/ar-2011-002/01.jpg)
![[関連資料] 신장식 금강산, 캔바스에 종이 아크릴릭, 546x227(cm), 1993
마치 역사적인 사실을 들추어내듯 신장식은 자신의 마음속에 기록될 「금강산」의 시각적인 자료를 과거와 현재로부터 수집, 비교하여 거기에서 자기 나름대로의 형태를 추출해낼 수 있다는 자신감을 얻는다. 가령, 일제시대의 「금강산 사진첩」(도.4)이나 또는 지난 해 북한을 방문한 여성대표단이 촬영하여 TV에 방영된 「금강산」(도, 5)등을 토대로 작가는 일체의 주제적인 서술성을 배제하고 정선의 그림과도 같이 무수한 면들로 분할된 구조적인 형태로서의 산과 그 형태의 드러남을 중화시키기 위한 작가 특유의 뿌리기 작업으로서 시대를 초월한 어떤 상서로운 느낌의 산으로 나타내고자 한다.](/archive/ar-2011-002/02.jpg)
![[関連資料] 신장식 금강산, Keumkang Mt., 캔바스에 한지 아크릴릭, 227x363(cm), 1995](/archive/ar-2011-002/03.jpg)
![[関連資料] 沖縄国際大学 学術大会 発表 —〈金剛山の絵〉(申璋湜) (2011)](/archive/ar-2011-002/04.jpg)
![[関連資料] 沖縄国際大学 学術大会 発表 —〈金剛山の絵〉(申璋湜) (2011)](/archive/ar-2011-002/05.jpg)
![[関連資料] 금강산, Keumkang Mt., 캔바스에 한지 아크릴릭, 181x227(cm), 1995](/archive/ar-2011-002/06.jpg)
![[関連資料] 아리랑-금강산, 캔바스에 한지, 철분, 아크릴릭, 582×259(cm) 1997](/archive/ar-2011-002/07.jpg)
![[関連資料] 沖縄国際大学 学術大会 発表 —〈金剛山の絵〉(申璋湜) (2011)](/archive/ar-2011-002/08.jpg)
![[関連資料] 沖縄国際大学 学術大会 発表 —〈金剛山の絵〉(申璋湜) (2011)](/archive/ar-2011-002/09.jpg)
![[関連資料] 금강산 만물상 - 1998. 11. 21. Keumkang Mt. ,캔버스에 한지 아크릴릭, 502*172 (cm), 2001
제주현대미술관 소장
“금강산 만물상-1998.11.21”은 여러 개의 조각으로 나뉘어져, 풍경과 사람들이 다소 겹치며 전개된다. 그 사람들은 작가와 동행했던 남쪽 한국의 사람들로서, 정치적이며, 경제적으로 환경-자연 등 그림 외적 정황의 의미와 연관된다. 이 작품은 완전히 같은 금강산이며 겹쳐진 공간이면서도 현재의 남북의 정황과 다른 면을 보여주는 ‘동 떨어진’, 잘려진 특성으로 연출된다. 떨어진 공간, 떨어진 화면은 관람자에게 더욱 파편화된 상황에 대한 이해를 추론할 수 있게 한다. 또한 우리의 땅이자 동시에 아닌, 갈 수 없으면서도, 갈 수 있게 된 지금의 상황을 인식하게 한다
강태성(미술평론가)](/archive/ar-2011-002/10.jpg)
![[関連資料] 沖縄国際大学 学術大会 発表 —〈金剛山の絵〉(申璋湜) (2011)](/archive/ar-2011-002/11.jpg)
![[関連資料] 沖縄国際大学 学術大会 発表 —〈金剛山の絵〉(申璋湜) (2011)](/archive/ar-2011-002/12.jpg)
![[関連資料] 沖縄国際大学 学術大会 発表 —〈金剛山の絵〉(申璋湜) (2011)](/archive/ar-2011-002/13.jpg)
![[関連資料] 沖縄国際大学 学術大会 発表 —〈金剛山の絵〉(申璋湜) (2011)](/archive/ar-2011-002/14.jpg)
![[関連資料] 沖縄国際大学 学術大会 発表 —〈金剛山の絵〉(申璋湜) (2011)](/archive/ar-2011-002/15.jpg)
![[関連資料] 금강산 만물상-겨울, 캔바스에 한지 아크릴릭, 162*81 (cm), 2003 /개인소장
겨울의 만물상은 더욱 멋있습니다. 골선이 분명히 들어나 산의 윤곽이 분명합니다. 눈과 어우러진 색은 절제된 아름다움을 간직하고 있습니다. 눈속의 생명이 휴식을 취하고 내년의 성장과 찬란함을 숨기고 있어서 더욱 멋있습니다. 조용한 가운데 미세한 흔들림](/archive/ar-2011-002/16.jpg)
![[関連資料] 금강산 만물상-봄, 캔바스에 한지 아크릴릭, 162*81 (cm), 2003
삼선암에서 천선대로 올라가는중 만날수 있는 만물상의 모습을 소재로 하였습니다. 봄의 기운이 밝은 연두 빛으로 빛나고 있습니다. 만물이 새로운 생명력으로 소생하는 모습, 나무에 물이 오르는 모습을 표현하였습니다.](/archive/ar-2011-002/17.jpg)
![[関連資料] 금강산 만물상-여름, 캔바스에 한지 아크릴릭, 162*81 (cm), 2003 /거창문예회관소장
만물상 천선대 부근의 봉우리입니다. 하늘로 치솟는 기세가 웅장함을 보여줍니다. 여름의 시퍼런 기운을 표현하였습니다.](/archive/ar-2011-002/18.jpg)
![[関連資料] 금강산 만물상-가을, 캔바스에 한지 아크릴릭, 162*81 (cm), 2003 /개인소장
관음연봉을 배경으로 보여지는 만물상의 바위와 단풍. 화려함은 배경으로 멀리 보여지는 관음연봉의 부드러움과 단순함 때문에 더욱 강조됩니다. 원경의 청색과 소나무의 녹색이 있어서 붉은 단풍은 더욱 붉게 보입니다](/archive/ar-2011-002/19.jpg)
![[関連資料] 신장식_금강산 구룡대 소나무_캔버스에 한지, 아크릴채색_120×240cm_2003
작품<금강산 구룡대 소나무>는 푸른 소나무의 자연스러움을 의도적으로 기교 부리지 않고 대상에 충실하게 그리고 감정에 정직하게 그리면서도 자연의 힘과 아름다움을 더 감동적으로 보여준다. 추사 김정희가 그린 세한도의 소나무에서 느껴지는 문인화적 정신이 표현주의적인 요소와 조화되어 승화된 것이라고 볼 수 있다.](/archive/ar-2011-002/20.jpg)
![[関連資料] 沖縄国際大学 学術大会 発表 —〈金剛山の絵〉(申璋湜) (2011)](/archive/ar-2011-002/21.jpg)
![[関連資料] 신장식_금강산에서 바라본 백두대간_캔버스에 한지, 아크릴채색_181×454cm_2003](/archive/ar-2011-002/22.jpg)
![[関連資料] 沖縄国際大学 学術大会 発表 —〈金剛山の絵〉(申璋湜) (2011)](/archive/ar-2011-002/23.jpg)
![[関連資料] 신장식_삼일포에서 만난 사람_캔버스에 한지와 아크릴 채색_60×120cm_2005](/archive/ar-2011-002/24.jpg)
![[関連資料] 신장식_금강산 천화대_캔버스에 한지, 아크릴채색_120×240cm_2003](/archive/ar-2011-002/25.jpg)
![[関連資料] 沖縄国際大学 学術大会 発表 —〈金剛山の絵〉(申璋湜) (2011)](/archive/ar-2011-002/26.jpg)
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