この作品とあわせて見たい資料
- 複合 評論 1989-07-01 · キム・ヨンジェ
アートポスト〈アリランのメタ言語的可能性〉 — キム・ヨンジェ評論 (1989)
伝統的な図像の意味を持つ素材を登場させ、これを民族の情緒に基づく美意識に立脚して色相を創出し、図解化する申璋湜の仕事を紹介する。こうした脈絡の仕事は、氏の平面、オブジェ、立体など多角的に増幅されるが、伝統の脈をつなぐこと、民族の情緒の現代化の試みに熱中する仕事の過程を解きほぐし、その意義を探ってみる。⟨編集者⟩
申璋湜の展示は、オリンピック以後の韓国美術がどのような位相を持つべきか、世界のなかの地域言語として国際的な共感を形成させる語法がどのようなものか、を考えさせる、まさに時宜にかなった展示会だと思われる。
ソウルオリンピックは — まるで、地殻の変動や峡谷の端に暮らす人々が感じえないが、その渦中に暮らす人々が見守り、結果を予測できる人々にとっては巨大な変革であることを証明できるように、途方もない力で我々に波長を投げかけてきている。ソウルオリンピック以後、我が国で起こった多くの外国の作品展を思い起こそう。ソ連現代美術展をはじめ、ハンガリー現代美術展、ユーゴの東欧圏の美術展と直に対面する機会を持ち、ドイツ印象主義版画展、バウハウス展とともに、目を見張るほどの物量で見る人々を圧倒した、ドイツ現代絵画展も数年前だったが、期待しがたい事情として注目してみるに値する。経緯がどうであれ — 外国の作家たちが、百億ドル黒字の新興工業国であるだけに投資価値があると考えたのか、韓国人としては望むとおり、オリンピックで見せた市民精神に感服したのか、履歴書にいまや一行入れてもよさそうな国々が認めていったところに、まるで開化期の朝鮮の閉じた門を開いて列強が押し寄せるように、大型展示会と重量級の作家が押し寄せてきているのである。
申璋湜の展示は、こうした美術の版図が激変する渦中で、我々のものを肉化しながら、同時に我々のものを世界化させうる「可能性」を見せていると映る。ここで可能性という言葉を強調する理由を、申璋湜が用いている語法から見てみることにしよう。申璋湜の絵は、平凡な言語 — 我々の日常で無意識に使いうる語彙が集まって、説話的あるいは象徴的と呼ばれうるとも思われる画面として作られている。
まず、我々の日常言語を見てみよう。それは、名称の言語、意味の言語、そして概念の言語に分けられる。たとえば「これは椅子だ」と言うとき、椅子は名称を指す指示言語である。しかし「椅子は椅子だ」と言うときは、椅子を含まないこともありうるものの機能を指す意味言語になる。ここでさらに、椅子に、死刑場で使われる椅子を指すときは、状況に従って栄光や死などの概念を付与することになる。
申璋湜の絵で、この言語の概略的な区分に従って例を挙げてみると、〈タル-Ⅱ〉(図版1)は名称の言語に当たる。質料と表現の方向提示のための努力にもかかわらず、重く、記名性、すなわち棒を持つ者であれ、恩讐脱出のタルであれ、識別可能な名が先に思い浮かぶということである。そして〈Ⅰ-鬼神払い Ⅲ〉(図版2)は、意味の言語に当たると見ることができる。椅子という言葉の代わりに、座るものという意味が強調された場合と同じく、鬼神と払われることという具体的な指示言語や状況提示の代わりに、鳳凰と旗竿という辟邪(辟邪)の語彙が代替されている。一方、〈アリラン-喜びの日〉(図版3)は、概念の言語にたとえられる。ここには、何の具体的な指示言語も見えない。暖かい色彩を主調とする画面は、長鼓や扇などに見られるように、そのように思われる三太極と筆の形象として見られもし、形体が名称を去勢され、アリランという抽象名詞を具体化する表象語として現れているのである。
そう見るなら、申璋湜の絵は、順に〈タル-Ⅱ〉〈Ⅰ-鬼神払い〉〈アリラン-喜びの日〉と、その深度が深まり、〈アリラン-喜びの日〉に至って、申璋湜が見せうる最上の言語が具現されたかのように思われたり、それこそ韓国美術の精髄を表現する方法になるかのように感じたりするかもしれないが、これらの言語は、我々の日常の言語が美術の言語として使われたものである。
とすれば、美術の言語はどのようなものだろうか。私はそれを、人々があまり抵抗感を感じずに使っている言葉のなかから選んで、メタ言語(Meta-Language)と呼んでもよいと思う。もちろん、言語学で言語を分析するために使う言語という意味ではなく、日常の言語を超える超言語(超言語)という意味で使うという話である。そうした前提のもとで、私は、このメタ言語が、詩の題目であったり音楽の状態を表明したりすると注釈をつけている。ここでさらに、申璋湜の〈アリラン-朝〉(図版4)で、どのようにメタ言語が形成されうるか見てみよう。
「瑞祥の鳥が宿った太陽が、金剛山一万二千峰の上に荘厳に瑞光を投げかけながら、闇を追い払っている清明な朝」と解説をつけるなら、あまりに説話的な散文の形式にならないだろうか。もちろん、絵でこうした名称の語彙が見えるのは事実である。この散文を代数関数の世界と見て、微分して意味を引き出してみよう。「祖国の闇を切り開く瑞祥の朝の太陽」と言おうとするなら、ここでは明らかに名称言語が抜け落ちることがわかる。すなわち、同じ比重に分かれている太陽=鳥、闇=黒い色面、金剛山一万二千峰の形象が、少なくとも不等号関係であるか、あるいは生薬の過程を経ねばならないのではないか、ということである。この意味言語を、再び微分してみよう。「瑞祥の祖国の朝」と含意してみれば、ここには、見えない闇を切り開く光の束が、蛇の足のように煩わしいものだと発見することになるだろう。したがって、「アリランの朝」という概念言語に、ある命題が見られても、〈アリラン-朝〉というものを選んで、詩の題目のような含蓄性を見せるためには、少なくとも幾度かの思考と微分の過程を経て、余計なものを抜いた後にこそ、賑やかな歌の調べに合わせて肩を揺らして踊れそうな画面として現れるだろう、ということである。実は、申璋湜が考えるアリランがそうだろうという、ほのかな類推とは異なり、彼が知っているアリランというものは、九天をさまよう亡霊の号哭が、現在の胸を押さえつけて身動きできなくさせる、ある物悲しさ、あるいは凄絶さだと、体験を通して感じるが、こうした体験は、誰にでも強要しうる性質のものではない。
再び主題に戻って見ると、申璋湜の絵には、我々が美術の言語と呼んでいるメタ言語よりも、説話的な日常の言語がより強調されているということがわかる。とすれば、なぜ申璋湜の絵なのか。どのような何かが視線を引くから、申璋湜の絵なのか。
⟪申璋湜が日常の語彙を導入するのに、粘り強い韓国的な体臭を感じさせるのは、韓国的な汗の匂いへと接近する、方向づけられた努力である。申璋湜が消滅法による木版画を選ぶことになるのは、韓国人の体質として、ある意味では自然発生的な帰結だといわざるをえないという思いである。⟫
私は、申璋湜の絵に、ある種のときめきを見る。それは、珍しいものを発見したときに来る喜悦に似たものだと見える。予期しなかった所で、期待したよりも目を引くものを発見したときに来る感じが、実は、今日のこの国に暮らす韓国人として、世界に接近すべき最も実質的で具体的な手段だと考える私の目に、申璋湜の絵は珍しいものとして浮かび上がった、ということである。いわば、世界の人々に足を止めさせ、近づいて触ってみたい衝動を与え、購買意欲を呼び起こし、彼らが記憶したり所有したりするようにしようというのが、韓国の作家たちが世界の舞台へ跳躍しようとするとき、基本戦略になりうると見れば、申璋湜の絵の世界は、十分に内なる共感を形成しうるという話である。しかし、その共感とは、一つは韓国人として韓国のものがあのようだろうという感じであり、韓国的な感受性を理解できない人々の場合であっても、世界人という語法を理解するなら、申璋湜の絵に、ある種のときめきと、一度近づいて触ってみたい衝動を与えうるのではないか、と思う。
再び、申璋湜が日常の語彙を導入するのに、粘り強い韓国的な体臭を感じさせるのは、韓国的な汗の匂いへと接近する、方向づけられた努力である。申璋湜が消滅法による木版画を選ぶことになるのは、韓国人の体質として、ある意味では自然発生的な帰結だといわざるをえないという思いである。
消滅法による多色版画を制作するにおいて、いくつもの板を使う代わりに、一つの板を次第に削っていきながら、一定数量の版画を刷り出す技法であり、版画本来の、韓国人の趣向によく似合う制作技法だと思う。大蔵経板が金属活字ではなく木版だった理由は、考えてみればわかるように、韓国人にとって精神的には、肉体を低くして長い真心を傾けて献身することで得られる信仰的なものであり、その結果として透明な意識と純粋な精神に至ることができ、当然、一回的な完結性へとつながるものと思われたために、木版が選ばれただろうし、持続的で韓国的な精神の具現から来る達成感を満喫するために、消滅法と呼んでもよさそうな一回的な板刻が行われる。
ト・ギャラリーで開かれたことのある申璋湜展での経験と感懐をもとに、消滅法による木版画が第3ギャラリーで披露される。申璋湜がメタ言語のために日常の言語をどれほど備蓄し、韓国的な世界語をどれほど効果的に表出できるか、見守ることにしよう。
![[関連資料] アートポスト〈アリランのメタ言語的可能性〉 — キム・ヨンジェ評論 (1989)](/archive/ar-1989-009/01.jpg)
![[関連資料] アートポスト〈アリランのメタ言語的可能性〉 — キム・ヨンジェ評論 (1989)](/archive/ar-1989-009/02.jpg)
![[関連資料] アートポスト〈アリランのメタ言語的可能性〉 — キム・ヨンジェ評論 (1989)](/archive/ar-1989-009/03.jpg)
![[関連資料] アートポスト〈アリランのメタ言語的可能性〉 — キム・ヨンジェ評論 (1989)](/archive/ar-1989-009/04.jpg)
![[関連資料] アートポスト〈アリランのメタ言語的可能性〉 — キム・ヨンジェ評論 (1989)](/archive/ar-1989-009/05.jpg)
![[関連資料] アートポスト〈アリランのメタ言語的可能性〉 — キム・ヨンジェ評論 (1989)](/archive/ar-1989-009/06.jpg)
![[関連資料] アートポスト〈アリランのメタ言語的可能性〉 — キム・ヨンジェ評論 (1989)](/archive/ar-1989-009/07.jpg)
![[関連作品] アリラン-祈り1](/works/1989-002.jpg)
![[関連作品] アリラン-喜びの日Ⅴ](/works/1989-004.jpg)
![[関連作品] アリラン-相生5](/works/1989-005.jpg)
![[関連作品] アリラン-統一](/works/1989-006.jpg)
![[関連作品] アリラン-魂](/works/1989-007.jpg)
![[関連作品] アリラン-魂](/works/1989-008.jpg)