申璋湜作家ノート〈東北工程と靖国のあいだで〉(2006)
要約
洋画家 申璋湜の作家ノート。白頭山・高句麗・故土への関心が我々のアイデンティティの一部であることを指摘しながら、中国の東北工程・チベット工程と日本の靖国のあいだで、分断された韓国が置かれた歴史的位置を省察する。統一が優先だという認識のもと、我々のアイデンティティと歴史に能動的に向き合うべきだという作家の意志を、本人の作品〈白頭山〉とともに綴る。
- 出典
- 作家ブログ
- Author
- 申璋湜
本文
東北工程と靖国の間で
申璋湜
近頃、白頭山が関心を持たれているようだ。特に私は、〈朱蒙〉を毎週楽しく見ている。我々の建国神話はいくつもあったが、ギリシャ神話ほど関心を持たれなかったのは確かである。解放以後、我々の近代化は熾烈だったが、いまだに周辺の論理や時代遅れを嘆くばかりの敗北主義が、世代を越えて残っていた。こうしたなか、我々の始原についての関心が続き、我々のアイデンティティについての数々の表現と試みが作られるのは、明らかに肯定的な現象だと思われる。
独島についての関心は、我々の明確な現実であって早くからあったが、高句麗、我々の故地についての関心は微々たる水準であり、我々の関心の真ん中に立てなかったのは、我が祖国の分断と密接な関係がある。北朝鮮という厳然たる現実は、こうした思考と行動に制約を加えた(我々の故地についての関心を持つにはあまりに凄絶な現実が立ちはだかって……)部分が、確かに我々の現代史にあった。
金剛山へ行けるようにした現代(ヒョンデ)の努力は、我々の視線を、冷戦時代の意識から開かれた意識へと導く。我々は、中国との国交正常化以後に高句麗に出会うことができた。世界史に能動的であるとき、我々に新たな贈り物を持たせるということは明らかである。我々の故地に最も先に足を運んだ人が詐欺師だとしても、足を運んだことについては誇るべきである。思考と行動の先取りがどれほど重要かを強調するのである。
現在、中国の集安に行ってみると、多くの思いが交錯する。向かいの川辺の北側の人を見るのが観光プログラムである。民族の分断が作る現在の物悲しい姿であり、高句麗を思うことができなかった我々の自愧の念を観光商品化する現実が情けない。ところが、ここにも我々の歴史を愛し、出会おうとする我々の粘り強さはある。
白頭山を知っているか。白頭大幹を汗を流して探査する若者の姿が、ここにも見える。中国式の家に、ガラスの幕に、そして居眠りをする中国の女性に閉じ込められた広開土太王碑は、今日の我々の現実を象徴的に見せてくれる。
今のチベットを見よう。ダライ・ラマは幼い日に毛沢東と会ったが、いまだ他国をさまよっており、我が国には来たくても一度も来られなかった。モンゴルで特別講義をする姿には、モンゴルの人々の特別な感情と、自己のアイデンティティへの努力を感じることができた。中国が、世界の関心がなかったときに、さっと食らってしまったチベットを見ると、もどかしさと憐れみを抱かずにはいられない。中国が、彼らの歴史のなかで、今より広大な領土を持ったことがあるだろうか。チベットのラサからネパールのカトマンズまでの道路を「友誼公路」と中国人は名づけた。名がそうであるから、彼らが道路を作り拡充しているのは当然だろう。ネパール国境で居眠りをする漢族中国人を見ると、諸葛孔明もできなかったことを、この人たちが作り、やっているのだなという思いを消すことができない。
我々の現実のなかで高句麗を思うということが、贅沢では決してない。チベット工程、西のほうの名も知らぬ工程、そして今は東北工程。我々の領域がどこで衝突し、歴史と時代の前でどのように問題になるか、我々は考えねばならないと感じられる。
統一が優先だろう。我が民族の現実を改善することが優先だと思う。そして、我々のアイデンティティと歴史は、誰かが消そうとして消えるものではないと、自ら慰めてばかりはいられない。東北工程と靖国の間で生きることが我々の現実であり、我々はそのように生きてきた。
父と、父の代から
我々は気を引き締めねばならない。
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